『失われた名前 サルとともに生きた少女の真実の物語』

マリーナ・チャップマン/著 宝木 多万紀/訳
駒草出版/刊
定価1,890円

何をもって人間であり続けるかの問いかけ

 本書はごく普通に暮らしていたひとりの女の子が誘拐され、サルとの生活、売春宿、路上生活、人身売買や虐待といった過酷な環境を体験し、アイデンティティを失った日々から、およそ十四歳でマリーナとして再び名前を取り戻すまでの、家族を求め続け、人間として生きてきた記録である。

 ある日家から離れた菜園で、大好きなエンドウ豆を夢中に摘む五歳の女の子が突然誘拐される。これは、誘拐、麻薬、殺人、子どもの虐待といった犯罪が蔓延していた1950~60年代の南米コロンビアではありふれた事件のひとつでしかなかった。誘拐後、ひとりジャングルに置き去りにされることで、彼女の運命は結果的に大きく変わることになった。空腹と孤独と恐怖、生存を脅かす状況の中で、女の子は緑深いジャングルに生きるサルの群れに出遇う。彼らの後を追い、まねをし、仲間として受け入れられる。サルを家族と慕い、サルとともに育っていく。ここでの幼い子の生き物たちとの交感や、遅しくしなやかに生きる力には誰もが驚くだろう。サルたちとの生活から、彼女は「決して見捨てないのが家族だ」ということを心深く刻みこむ。

 子どもの誕生は家族と社会に喜びと希望をもたらし、祝福されるはずのものだ。幼児虐待や子殺し、育児放棄といった子どもの痛ましいニユースを見聞きする度に、暗浩とした気分になる。子どもの生命と人権を奪う不幸な状況は、私たち人間の社会が大事なものを見失ってしまっているからではないだろうか。サルに育てられた女性の物語は、家族とは何か、何をもって人問であり続けることができるのか、という根源的な問いを私たちに投げかけている。

(評・埼玉本庄東高校司書 小金澤 千代子)

(月刊MORGENarchives2014)

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